ゲーム音楽が「あって当然」になるまで
そんな状況がしばらく続いたのち、任天堂から家庭用ゲーム機「ファミリーコンピューター(以下ファミコン)」が発売される。ファミコンの音源形式ももちろんPSGであった。矩形波2音と三角波1音、そしてホワイトノイズ1音の、計4音を同時に鳴らすことができた(つまり、同時発音数4)。CPUの処理能力が向上したことでここまでの表現が可能になったのである。音程のあるパートを司るのが矩形波・三角波の部分で、ホワイトノイズはリズム(ドラム・パーカッション)に模して使われることが多い。これにより、ファミコンにおけるゲームのバックには、常に何かしらの音楽が流れていることが珍しくなくなってきたのだ。
そうは言っても、音程を構築するのは前述した矩形波2、三角波1の3パートのみ。音楽と言うにはあまりに少ないパート数で、ユーザーの気分を高揚させるような音楽を作り上げるのは至難の技である。音楽界で名を成した人物でも、3パートですべてを表現しなければならないゲーム音楽の世界ではもちろん通用するはずもない。この頃から、各メーカーごとにサウンド専門のスタッフが現われ始めるのだ。
ゲーム音楽のさまざまな制限
また、「制約の中から生まれたアイディアや表現の味」を今でも愛するユーザーは数多い。「ドラゴンクエスト」シリーズの音楽を一貫して担当している作曲家のすぎやまこういち氏は、この制約の中であきらかにクラシック音楽と認識できる名曲をいくつも生み出している。現在のように、ピアノがピアノの音に、ラッパがラッパの音には到底聞こえないPSG音源で奏でられる「ロトのテーマ」のイントロが、誰が聞いてもホルンに聞こえるのは、ひとえに氏の作曲者としての、そして編曲者としての技量の高さによるものであると言える。氏はファミコンの同時発音数をふまえたうえでの作曲を心掛けており、その技巧はサントラCDブックレットに付属の楽譜を参照していただければ、音符の配列の巧みさに「なるほど」と納得してもらえることだろう。CDをお持ちの方は、一度じっくりと検証していただきたい。
同時発音数とは、「そのハードが一度に鳴らすことのできる音の数」のこと。これはハードのスペックや音源の能力に依存する、即ち上限である。ファミコンの場合は同時発音数4であるから、一度に4つまでの音を同時に鳴らすことが可能。計算し尽くせば、4パートのアンサンブルを演奏することができるのだ。もしもこれをオーバーする量の発音命令が集中すると、本来鳴るべき音のうちいずれかが欠けることになる。作曲者はこのこともふまえたうえでの作業を行わなければならず、ゲームと無縁の作曲者がゲームにチャレンジした場合、まず最初にぶち当たるのがこの制約であった。
ところが、ファミコンにおける音の制約はそれにとどまらない。合計発音数4パートの中に、BGMとSE(効果音)の両方を詰め込まなければいけなかったのである。つまり、BGMとSEを合わせて4パートのみ、ということ。4パートでフルに音楽を演奏してしまうと、何かのSEが鳴った時に音楽のいずれかのパートが欠けることになるのだ。それをも考慮しないと、製作者の意図しない音が再生されてしまうのである。音楽を優先するか、SEでの迫力を狙うか。現在のゲームサウンド製作ではありえないような問題があったのだ。これを解決するには、リズムを鳴らすホワイトノイズをSEのためだけに割り振ったり、派手にSEが鳴るイベントシーンでは一寸、音楽を鳴らさないようにする(それはそれで、緊迫感が出る演出にもなり得る)などの工夫が講じられ、結果としてゲーム音楽独特の「味」のようなものの形成に一役買っているのである。
さらに、グラフィックの処理との兼ね合いもある。当時はサウンド専用のシーケンサが内蔵されていたわけでもなく、ゲームのプログラムの間にサウンドのプログラムが挿入されていた。理屈としては、キャラを一歩移動させる→音を鳴らす→キャラを一歩移動させる→音を鳴らす、を繰り返していた。つまり、グラフィックの処理とサウンドの処理はひとつひとつが交互に行われていたのだ。即ち、グラフィックの方で複雑な処理をしようとすれば、俗に言う「処理落ち(ゲーム自体が一瞬スローモーションのようになること)」が発生するばかりか、音楽が欠けたり、とぎれたりすることになるのである。ファミコンで音楽を鳴らす苦労というのは、並大抵のことではなかったのだ。
もちろん、メモリーの節約という観点から、当時のゲーム音楽は1フレーズが短いものが多い。それをステージや状況が継続する限りループさせているわけだが、それが逆に今のゲーム音楽にはなかなか見られない「覚えやすいメロディ」「曲への思い入れ」につながっていたのも疑いようのない事実。今のゲーム音楽はサントラCDを聞いた時に、初めて耳にするようなフレーズの現われる長い楽曲が多い。誰でも覚えて口ずさむことができ、今なお名曲とされるゲーム音楽の大半は、シンプルなファミコン時代の音楽がほとんどではないだろうか?
追記しておくと、PSGと言えどももちろん波形のエディットは可能で、アタック(立ち上がり)・ディケイ(減衰)・サステイン(持続)・リリース(余韻)という4要素、いわゆるADSRを音色ごとに加工できた。これによって、たとえば「ピアノっぽい音」「弦楽器っぽい音」「管楽器っぽい音」など、音色にキャラクター(個性)を持たせることができたほか、メーカーによって音色の傾向に違いを持たせることができたのだ。
ファミコンのディスクシステム
ちなみに、ファミコンの拡張ハードである「ディスクシステム」では音源が追加されており、ファミコン単体では鳴らせない一味違う音を使うことが可能だった。その違いは第一弾ソフト「ゼルダの伝説」で既にじゅうぶん感じることができるだろう。荘厳なオープニングなどは、まさにこの拡張音源のたまもの。後に大容量のカセットROMが登場し、ディスクシステムのソフトがカセットに移植されることもあったが、その場合はファミコン単体の音源を使用することになるため、拡張音源に相当するパートは再現されない。ゆえにディスク版「ゼルダ」とカセット版のそれでは、ゲームの中身は同じでありながら耳に残る印象はだいぶ異なっている。
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